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ウェディング・シンガー
(ミュージカル)

 僕が初めて参加した舞台美術だ。僕が当時住んでいた学生寮の掲示板の片隅に、制作班の募集ポスターが貼られてあった。手書きでコピー用紙に直に書かれていて、いかにも胡散臭い雰囲気のチラシだった。
 演目は『ウェディング・シンガー』で、クラシカルなミュージカルではなく元はラブコメ映画である。曲もロック・ポップス系で、藝大のミュージカルサークルにしては思い切った選択だったと思う。ちなみに翌年に上演したのは『オクラホマ!』で、これは実にクラシカルなミュージカルだ。
 藝大に入学した頃から僕は舞台美術を勉強する、と決めていた。
 僕は舞台美術に関する知識はまったくなかったが、基本的にやれば覚えるだろうというような(意外に)楽観的な思考の持ち主でもあった。僕はチラシに書かれていた連絡先にメールをし、美術監督に会った。美術監督は口髭を生やした胡散臭い男だった。美術の仕事について順を追って説明してくれるのだが、まったく要領を得ない。胡散臭いチラシから連想された姿そのままだった。僕はすぐにでも作業を開始することにした。
 実際の美術の現場を取り仕切っていたのは、建築科の女性だった。僕はこの人から舞台美術に関する基礎的な全てを学んだと言っても過言ではない。設計も、道具の使い方も、舞台用語も彼女と作業するなかで徐々に覚えていった。
 建築科の人々は施工の精度に厳しい。1mmを大切にする。1mmを疎かにしてはいけないと口を酸っぱくして言われた。木なんて湿気で数mmくらい伸縮するけどな、と思ったのだが黙っておいた。
 僕らは夜、作業しながらジャック・ダニエルを飲んだ。ヘビースモーカーの彼女に合わせて、僕の喫煙量も増えた。クラシック音楽を流しながら木を切り、釘を打った。何故だか服は黒色しか着なくなった。デニーズで美術監督の愚痴をこぼしあった。
 本番の上演中、僕は舞台袖で待機して場転などの補佐をしていた。慌ただしく衣装替えをしているキャストも、小道具の準備をしている美術スタッフも、インカムで指示を出している舞台監督も、誰もが皆等しく緊張していた。
 袖幕の隙間からは客席が見えた。舞台に立っているわけでもないのに、スポットライトが眩しかった。

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その他の作品

COMOTO

 高本夏実(こうもとなつみ)という家具デザイナーのポートフォリオ。大学内外の賞を総なめにし、ミラノサローネ等での出展経験もあるデザイナーである。
 彼女はデザイン科のクラスメートで、お互いにまだ学生だった頃に制作した。同級生に何かの制作を依頼するなんて初めてかもしれない、と彼女は言った。ただし、デザインはほとんど彼女が自分でやり、僕は細かい箇所にだけ口を出したに過ぎない。彼女は自身の作品制作においても、できるだけ外注せずに何でも独力でやろうとするタイプの人間だ。他人を安易に信用しないのかもしれない。そういうところが信用できるデザイナーだと言える。